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S-FJ日本一決定戦

S-FJ:日本一決定戦鈴鹿「RiNoA Racing project」密着レポート(前編)

 里見乃亜代表率いる「RiNoA Racing project」は18才の新人、佐藤樹選手を擁して2021年もてぎ・菅生スーパーFJ選手権シリーズ選手権を戦い、全6戦中優勝4回2位1回という強さでシリーズチャンピオンの座を獲得。チャンピオンチームとして鈴鹿サーキットで開催された「スーパーFJ日本一決定戦」にやって来た。

 参戦2年目にしてシリーズを制した同チームの素顔と、日本一決定戦での戦いぶりをレポートする。

 まずは里見乃亜代表へのインタビュー。(以下敬称略)

 里見乃亜代表は1995年生まれの26才、10才の頃からカートレースに参戦。2014年に19才でスーパーFJレースにデビューした。もてぎでのデビューレースでいきなり2位に入り頭角を現すと、この年シリーズ3位。2016年にはJAF-F4に参戦し東日本シリーズ3位、グランドチャンピオンの方ではHクラスのチャンピオンを獲得している。翌2017年もJAF-F4東日本シリーズに参戦、Sクラスでランキング2位となる。2018年から2019年にかけてはS-FJ鈴鹿シリーズへのスポット参戦とJAF-F4及びFIA-F4のアドバイザー兼テストドライバーを務めた。

 日本一決定戦については2014年(もてぎ)S-FJで7位、2016年(もてぎ)JAF-F4のHクラス優勝、2017年(鈴鹿)JAF-F4で総合2位、と結果を残している。

 2019年鈴鹿でのS-FJ日本一決定戦を最後にコックピットを離れて「RiNoA Racing project」のチーム代表に専念、ツインリンクもてぎをホームとして2020年よりレース活動を開始した。

 2020年は松澤亮佑を起用してもてぎシリーズ3位、もてぎで開催された日本一決定戦においても3位という結果を残し、今年はS-FJもてぎ・菅生シリーズで佐藤樹が開幕戦で2位に入るとそこから4連勝でシリーズチャンピオンを獲得した。

 里見代表の若さもさることながら、毎年新人を起用し2シーズン結果を出し続けたチームは、S-FJもてぎ・菅生シリーズの主役に躍り出ている。

 インタビューは12月10日(金)の練習走行が終わった後に実施した。

 ー-まずはチーム設立の経緯から伺いたい、「RiNoA」というロゴは現役時代のレーシングスーツにも付いていたようだが?

 「元々リノアという会社があって、そこで現役時代からドライビングのインストラクターやコーチングを行ってた。その会社を自分が引継ぎ、会社の名前をそのままレーシングチームでも使う事にして、「RiNoA Racing project」という活動を去年から始めた」

 ー-リノア(RiNoA)というネーミングの由来は?

 「RaceのR、現在進行形のingのi、それに自分の名前のNoaです。ベタですけど(笑)」

ー-25才という若さでドライバーからチーム代表に転身したのは何がきっかけだったか?

 「2017年のJAF-F4日本一決定戦で角田裕毅選手が勝って自分が2位で、シーズン通じてもずっと2位で角田に負け続けた。この先ステップアップするならF3しかなくて、そこは資金的に厳しかった。S耐という選択肢もあり声をかけて下さったチームもあったが、ハコよりはフォーミュラにこだわっていたので、ステップアップできなかった。その後中日本自動車短期大学から起用されて2019年は鈴鹿のS-FJに参戦したが行き詰った」

 「一方で2015年ごろからレーシングカートのアドバイザーもやっていて、子供たちのコーチとかも経験していた。自分のキャリアが行き詰った事でレース業界から離れることも考えたが、やはりレースに関わっていきたいと思い、若手の育成を手がけて、自分がつまづいてきたところを乗り越え進めるようなルートを作ってあげる事をしようと思った」

 「関東には若手のレーシングドライバーを育成できるチームが少ない。自分もカートからステップアップする時にチームもスーパーFJもよく知らなくて苦労した。鈴鹿ならホンダがいてチームも沢山あり、ステップアップのルートもいろいろ選べる

 「カートをやっているうちから(フォーミュラの)練習ができて、スポンサーさん(群馬トヨペット)がついてくれている事で、選手の参戦費用をギリギリまで減らすことができて、若い子に毎年入れ替わりでチャンスを与えられるチームが関東で出来たらいいな、と思ってこのチームを始めた」

 「そういう事を2018年から19年にかけて考えていて、2019年にS-FJのクルマを購入してシェイクダウンして、2020年に参戦を始めた。本当はプロドライバーとして喰っていきたかったが、ドライバーがダメならレーシングチーム立ち上げていこうと思い、それが形になったのが去年だった」

ー-現在のチームの体制は?

 「メンテナンスやメカニックはNRS(ノセレーシングサービス)さんに委託している。クルマも普段はそこに預けている。マシン自体は自分のチームのものだ。本来であればチームでメカニックも雇って社員でやろうと思ったが、メカニックも中々見つからない。NRSさんはMYSTの関東の代理店でもあるので、パーツが来るのも早いしデータも持っているので、業務委託としてやってもらっている」

 「自分の立ち位置はドライバーに教えるのがメインで、メンタル面や技術のケアも行っている。セッティングなどはメカの人と相談しながら決めている」

 ー-今シーズンを振り返り佐藤選手の評価は?

 「去年は1勝もできなかったので、今年はまず1勝は必ずしたいというのが自分の目標だった。それがこれだけ連勝してチャンピオンを取れるとは最初は思っていなかった。(チャンピオンには)3年はかかるかな、と思っていたので、期待以上のドライバーだった」

 「こちらの言う事もすぐ理解して、度胸もあり、ドライバーのおかげでチャンピオンを取れたと言える。彼にはレースドライバーやらせつつ、会社のインストラクター業務も担って「人に教える」仕事も少しずつやってもらっている」

 ー-ドライバーの起用を原則1年と決めている理由は?

 「S-FJは長くても2年以内に結果を出すカテゴリーだと思っている。自分のチームは1年で結果を出すことを目標にして、1年でFIA-F4に上がれるような、ステップアップさせるチームだと考えている。そう考えると、ドライバーには長くて2年、できれは1年で次の段階に進んでくれることを期待している」

 ー-ステップアップに関しての支援は?

 「特別なコネクションはないが、自分が知っている上のチームの様子をドライバーに教えてあげたりする程度のことはできる。ステップアップ支援よりは、現時点での活動について負担を減らす方に力を入れていて、結果を出した人ほどサポートを手厚くするようにしている」

 ー-先日オーディションの案内を拝見したが、ドライバーはどうやって発掘している?

 「カートの実績はあまり関係なく、S-FJに乗りたいという子が年に何人かやってくるので、その中で選抜して、練習生としてマシンに乗せて見てみる。予算の兼ね合いもあるし、本気でステップアップしたいと思っている子を毎年決めて起用してきた。最初のドライバーだった松澤は榛名のカートレースでチームが一緒だったので面識があり、彼ともう一人S-FJで走りたいという選手とで選抜して起用を決めた。来年は2台体制で行こうと考えてマシンも用意したのだが、起用を決めていた子が全日本カートをもう1年やりたいという事で、それは立ち消えになった。その子が全日本のタイトルを手土産に戻ってくれば再来年は2台体制かもしれない」

 ー-メインスポンサーである「群馬トヨペット」との関係は?

 「群馬トヨペットさんはアメリカのNASCARの服部茂章さんのチームをサポートしているが、国内のレースは行っていなかった。社内でカート部を作ってレンタルカートで走るようになった時に、インストラクターを頼まれてご縁ができた。ちょうど自分がレースチームを立ち上げようとしていたタイミングだったので、支援していただけることになった。以来群馬トヨペットさんと一緒に活動しているような形になっている」

 ー-自分のチームの強みはなんだと思う?

 「教える側の自分がカートからJAF-F4までステップアップして、つい最近までS-FJをドライブしていて、最新のマシンを知る人間が教えることができるのが一番の強みだと思う。また最近のレース体制だと、コースサイドまで走りを見に行くことができない場合が多い。うちは練習の時は無線を使ってスポッターのようにコーナーで観察しながらリアルタイムでドライバーにアドバイスを与えている。そういう事ができているのはうちのチームだけだと思う。他のチームはコースサイドまで見に行けている場合でも、それをドライバーにアドバイスするのは走行後になる」

 ー-毎年新しいドライバーを起用するという事は、毎シーズン戦績がリセットされて(主戦場である)もてぎ・菅生シリーズで勝つ、というのが目先での目標になる?

 「その通りだ、まずはJAF地方戦のもてぎ・菅生シリーズでしっかりチャンピオンを取って、最後は日本一決定戦で日本一になることを毎年の目標にしている。今年地方戦でチャンピオンを取れたことでデータも取れて、速いクルマもあるので、最低限地方戦でチャンピオンを取り、日本一も取って来る、という事をチームの目標にする」

 ー-来年起用する内田涼風選手への期待は?

 「まだあまり経験を積めていない(10月の筑波のレースに初参戦)ので、まだまだ鍛えないといけない。真面目な子だが教えた事に集中しすぎてしまって他の事がおろそかになる部分がある。オン-オフの切り替えが難しいみたいで、そういう部分では今までの選手は切り替えがうまかった。やるべき時はやるが、それ以外の時はオフにしてリラックスするという事がまだできていない印象だ」

 「うちとしてはドライバーが居心地がいいチームを目標にしていて、自分もカートの時から居心地悪いと感じると結果が出なかった。まだ成長過程のドライバーの子の言うことでもまずは聞き入れて、それが間違っていれば2人で考えて直していき、一緒に成長していける、というチームを目指している」

 「その意味では空気のなごやかさもチームの売りのひとつだ。その雰囲気づくりも自分の役割だと思っている。自分が若くてドライバーと年代が近いという事はそこではいい方に作用していると思う。チームの監督というよりはお兄さん的な立ち位置で接しているので、些細な事でもコミュニケーションをとりやすい雰囲気を作っているチームだと思う」

 ー-チームの未来像として何か考えている事はあるか?

 「FIA-F4はやってみたいなと思っている。ただトヨタさんやホンダさんのワークスと言えるチームに対抗するのは難しいかなと思う。近い将来の目標として、ハコ(ツーリングカー)の耐久レースをやりたいなという希望があり、2,3年後にスーパー耐久に出られたらいいなと思っている。その時はチームの卒業生をプロとして起用して参戦したい。彼らがお金を払ってレースに出るのではなく、お金を貰ってレースに出るという事をモチベーションにできるようにしたい。自分も経験した事だが雇われて使命感を持ってレースに出るという経験も大事なので、育成の一環としてそういう機会を作れたらいいと思う。その先にはスーパーGTでしょうかね(笑)」

 僅か参戦2年でもてぎ・菅生シリーズのチャンピオンチームとなった「RiNoA Racing project」だが、ドライバーの比重が大きいスーパーFJにおいて常勝チームの称号を得るには年ごとに起用するドライバーの戦績がカギになる。里見代表が今後どんな原石を見つけ出すか、楽しみである。

Text: Junichi SEKINE
Photo: Junichi SEKINE
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