予想はしていたが、国井氏、組田氏はFRJの現状についてかなり悲観的な認識を持っていた。その根底には、シリーズ立ち上げ時の構想が崩れ、一向にコンセプトの定まらないことへの不信感があるように感じた。
今シーズンから運営を引き継ぎ、シリーズを軌道に乗せなければならない小林事務局長の重責はいかばかりかと察するが、同時にその手腕には大きな期待を寄せたいと思う。
それは、FRJがこの先、日本のレースカテゴリーとして定着するか否かは、日本のレース界の行方を占う上で非常に重要だと感じているからである。
1996年にスタートしたフォーミュラ・ニッポン以来、日本のトップフォーミュラは長年独自路線を歩んできた。FIAのフォーミュラ再編のなかでSFLもこれを追随することになったが、日本のフォーミュラレースがFIAの構築したヒエラルキーから完全に外れるのか、または留まるのか、今はその分岐点に立っているように思う。
国井氏が指摘したように、アジア圏のレースをリードしている日本のレースは、このままでは徐々に取り残されていく不安を感じる。日本の人口が減少に転じた今、国内だけで未来永劫レースイベントや産業が成り立つとは思えない。
そういう視点では、FIA規格のFRJはアジアと交流できるカテゴリーとして、FIA-F3へのステップアップカテゴリーとして、またアジアのドライバーがSFを目指すときのカテゴリーとして残しておくべきと思う。
一方で、現実を顧みたときに、組田氏の提案は至極真っ当な路線と思える。近年のジェントルマンドライバーの台頭は眼を見張るものがあり、参戦するカテゴリーもスーパーGT、スーパー耐久、SFL、FIA-F4など多岐にわたる。それらのカテゴリーは経済的に恵まれたジェントルマンに支えられている面があることは誰もが認めるところだろう。
そこで、折衷案のようになるが、FRJをこういう形態にしてはどうだろう。
ジェントルマンと若手ドライバーが組んでFRJを走らせるのである。いわば、オーナードライバーが若手を乗せるスーパーGT300クラスのフォーミュラ版のような形である。
ツーリングカーのように1レースを交互に乗るわけにはいかないが、レースウィークの土曜日はジェントルマン、日曜日は若手というように、2人で同じマシンを使用するのだ。
活動資金は主にジェントルマンが負担し、ジェントルマンは自ら走るだけでなく若手のスポンサーとしての顔も持つ。若手は資金のサポートを受ける代わりにコーチとしてドライビングをサポートするのである。
現状でSFLのシートを得られるドライバーは、FIA-F4でメーカー系チームに在籍していた者にほぼ限られる。シートを得られなかったドライバーの、SFLへのステップアップカテゴリーとして、また海外志向のドライバーの受け皿として、参戦する若手が増えることでFRJの存在価値は上がるように思う。
若手のレースはFIA規格のレースとして出場資格などもルールに則り運営し、スーパーライセンスポイントも与えられる。独自にチームポイントがあっても面白いかもしれない。
今回インタビューをするなかで思いついた案だが、FIAの冠は外さずに若手のステップアップカテゴリーとして継続し、同時にジェントルマンが楽しめるレースとしてステータスも確保するのである。もちろんホスピタリティの充実は必須だ。
今回、関係者の話を聞いて筆者が抱いていた危惧は的外れではないことが分かった。いや、想像以上に事態は深刻だった。船出したばかりのFRJだがその改善に与えられた時間は少ない。鉄は熱いうちに打て、である。
この「FRJのこれからを考える」が、多くの関係者やファンがFRJの現状を知り、シリーズのこれからを考えるきっかけになればと思う。そして、早期に関係者による情報共有、話し合いの場が持たれることを切に願っている。
「FRJのこれからを考える」(了)
Text: Shigeru KITAMICHIPhoto: Kazuhiro NOINE
(1)プロローグ|(2)FRJ事務局 小林氏|(3)SuperLicence 国井氏|(4)B-MAX 組田氏|(5)エピローグ