全日本F3000

童夢インサイド・レポート vol.6

◆童夢インサイド・レポート vol.6◆
「第10戦 ミリオンカードカップレース ファイナルラウンド 鈴鹿 あっけなくも劇的な幕切れ の巻」
 マルコ・アピチェラというドライバーは、とにかく<冷静>な人物だ。
 勝っても負けても表情を崩すことはなく、初めて話す人ならば「お風邪ですか?」
と心配してしまうようなハスキーな声で静かに受け答えをする。
 彼の実家はイタリアの大富豪と聞くが、きっと子供の頃から人前で喜怒哀楽を出さ
ぬよう、厳しく躾けられたのだろう。
 そんなポーカー・フェイスのマルコの顔に一瞬よぎった不快な表情は、千の言葉を
聞くよりも彼の心中を物語っていた。
「確かに昨日はマルコらしくない走りやった」と松本監督。
 決勝の朝、ピットに現れたアピチェラはやや俯きかげんで、予選の時よりナーバス
な印象を与えた。
 アピチェラは、新しいタイヤに履きかえてもコンマ7秒しかタイムアップできなか
ったことにショックを受け、その理由を考えあぐねていた。
 前夜も、ベッドの中でありとあらゆるレース・パターンを考えて、よく眠れなかっ
たらしい。
「でも、緊張するなって言うほうが無理やろう。
 僕も昔、タイトルのかかったレースでポールポジションからスタートしたことがあ
ったけど、いきなり4、5台に抜かれてね。
 自分では思いっきりアクセルを踏んでるねんけど、どんどん抜かれた。これでもか
これでもかって踏んでるねんけど、抜かれしまうねん。
 気負い、とはちょっと違うけど、チャンピオンが掛かってる時のドライバーって、
そんなんやねん」
 自分でもどうにもならなかったもどかしい経験を、松本監督は思い出していた。
 ともあれ、予選2番手の黒澤琢弥をかわしスコットと直接対決に持ち込む為には、
スタートを決める他にも、それなりの作戦が必要となる。
 鈴鹿サーキットの唯一の抜き所と言えば1コーナーだ。
 メインストレートで前の車に追いついて1コーナーでかわすとなると、その手前の
シケインと最終コーナーでの速度がポイントになってくる。
 問題のシケインをスコットは2速でぬけるが、童夢アピチェラは1速でぬけ、立ち
上がりから最終コーナーへ1-2-3速と順番にシフトアップしていく。
 1-2速のギヤ比を高くすれば、エンジン回転数が同じでもスピードが速くなるの
で、シケインからの立ち上がりを2速でひっぱるスコットよりも早めの段階で3速に
入れることができる。
 1-2速のギア比を上げれば、スタート時にクラッチを合わせにくくなるが、そこ
はアピチェラの腕(実際は足)でカバーするしかない。
 メインストレートのより手前で最高速にのせることが、前を行くであろうスコット
との間隔を詰めそれを抜くための唯一の方法だった。
 フリー走行を前にアピチェラのマシンはすでに作戦通りギア比が変えてあったが、
10ラップ走って戻ってきたアピチェラは、マシンを降りて「グッド!」とひと言。
 マシンはガソリン満タン状態でも、挙動はスムースで安定しており、かつ最終コー
ナーで狙い通りの加速感を得られたのだ。
 スコットを破る自信とファイトが、アピチェラの内に湧いてきたのだろう。
「なんも心配せんでええから、思いっきり走ってこい!」
と松本監督に激励されてスターティング・グリッドについたアピチェラは、迷いも焦
りもない、冷静な眼を取り戻していた。
 午後1時30分。22台のF3000マシンは、スコットを先頭に隊列を崩し、フォー
メーション・ラップに入った。
 1コーナーからS字、デグナーからヘアピンと隊列が進むにつれ、ピットの空気も
息苦しいまでに張り詰めていく。
 そして全車が再びグリッドにつき、エンジン音が天を突いた瞬間、シグナルは赤か
ら緑に変わった。
 爆発的なダッシュを見せたアピチェラは、スコットと黒澤の間にマシンを向けて、
そのまま前へ進もうとした。
 しかし、スコットはそれを遮るようにマシンを中央へ寄せてきたため、すでに十分
な加速をもっていたアピチェラはすばやく左側へハンドルを切ると、スコットのアウ
ト側に進路を取った。
 スコットはほとんど真横に並んだアピチェラを再びブロックしようとしたが、アピ
チェラの勢いに押し返されてしまい、2台はアウト側のアピチェラを半車身前にして
1コーナーに飛び込んだところで、2台の走行ラインはクロスした。
 引くに引けない二人のドライバーの意地のぶつかり合いは、イン側にいたスコット
のフロントノーズがアピチェラの右サイドポンツーンを押し出す形となって、濛々た
る砂煙の中に吸い込まれてしまった。
 2台の接触シーンに悲鳴を上げたピットの人々は、再びコースにもどったスコット
が2コーナー先でマシンを止めたのを確認した。
 あっけなくも劇的な幕切れだった。
 歓声を上げて喜ぶメカニック、抱き合うキャンギャル達をTVカメラが追う。
 大きなプレッシャーからようやく解放されて、男泣きするダンロップ・スタッフの
肩を、長身の松本監督が抱える。
 パドックのテントに引っ込んでいた林ミノル代表がピットに現れ、チーム・スタッ
フのひとりひとりと握手をかわしていく。
 ひとつ向こうのピットでは、ステラの福井監督が主のいなくなったモニターをじっ
と見つめ続けていた。
「砂煙の中で考えていたのはただひとつ、スコットがどこにいるのかだった。僕がマ
シンを降りた時、彼はそこにいなかったんだ。
 コースサイドで次の周回を待っていた。彼は来るのか来ないのか。
 そして、彼は来なかった。そして僕は、自分が勝ったことを知ったんだ」
 94年シリーズチャンピオンとして記者会見の席に一人で現れたアピチェラは、1コ
ーナーの幕切れについて、言葉を続けた。
「アウト側にいた僕が前にでて1コーナーに飛び込んだ時、スコットには、ブレーキ
を踏むか踏まないか、二つの選択があったと思う。
 そして、彼は踏まなかったんだ」
 アピチェラは、かつてない晴々をした顔でそう言い切った。
「ポールポジションからぶっち切りで逃げなきゃいけないのに、スタートでホイール
スピンさせて出遅れちゃったのがまずかったね。
 ああいうシュチエーションになれば、どっちがいいとか悪いとか、スポーツマンシ
ップだなんだなんて関係ないよ。
 これが<プロフェショナル・レース>ってことだよ」
 敗れたステラの福井監督は、記者団の問いにそう答える。
「ただねぇ、結果は同じだったとしても、もっとお客さんに二人のドッグ・ファイト
を見せて上げたかったね」
 こうして94年シーズンは終わり、童夢チームは最大の目標であったシリーズ・タイ
トルを獲得した。
 しかし、ひと月もすれば、また新しい闘いへのフォーメーションが始まる。
 さらなる飛躍へ!
 童夢チームは前進し続ける。
                    to be continued to The Next Season.
 というわけで短い連載でしたが、ご愛読ありがとうございました。
 このストーリーに関するみなさまのご希望・ご感想は、FMOTOR4Fの2番会議室、
 また私個人あてメールにても受け付けております。
 より多くのお便り、こころよりお待ち申しております。
                        段 純恵(GEE01733)
 PS.番外編もあります。クルム選手のお話です。
    読んでみてね。


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