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童夢インサイド・レポート 番外編

◆童夢インサイド・レポート番外編◆
「クルムくんの憂鬱な日曜日、または童夢のタイトル獲得ウラ作戦 の巻」
 日曜日の朝、クルムくんは憂鬱だった。
 ふだんから笑っても泣き顔っぽく見える顔(そこが女性ファンの母性本能をくすぐ
るらしい)が、本当に泣きそうになっている。
 F3の時から弱気っぽい発言が多く、「もうアカン・・」てな調子の言い回しをよ
くするクルムくんだが、それは単なる言葉のアヤだと何度か話せば誰でもわかる。
 チーム・トムスの中では「マイケル(ミハエル、ではない)のダメは五割り引きで
聞くべし」なんて囁かれていたくらいなのだ。
 しかし、今回の悩みは本当に深刻らしい。
 前週マカオGPでF3マシンと格闘したため、せっかく掴んだF3000の感覚を
すっかり忘れてしまったのが、悩みの原因だった。
 そもそも童夢チームが光貞秀俊に代えてクルムくんを起用したのは、最終戦で1-
2フィニッシュを、もっとハッキリ言ってしまえば、マルコのチャンピオン獲得をサ
ポートできる人材を求めてのことだった。
 初登場した第8戦の富士で、クルムくんは見事、童夢の期待にこたえて予選15番手
から4位フィニッシュという華々しいデビュー。
 次の第9戦でも、不備なタイヤにもかかわらず、7位をキープしたままゴールまで
走りきり、その腕のほどをみせつけた。
 当然、童夢の首脳陣のクルムくんへの期待は急上昇。
 クルムくんも、予選での一発タイムの出し方も朧げながら掴んできたこととて、
内心「まかせてチョーだい!」って気分になっていた。
 ところがそこへマカオGPである。
 マカオでのクルムくんは、久しぶりのF3マシンに始めはちょっと戸惑いを感じた
が、すぐに感覚を取り戻した。市街地コースのギア・サーキットにも1ラップごとに
慣れて予選は8番手。荒れまくった決勝の1レグは6位、2レグは4位でフィニッシ
ュし、総合5位の結果となった。
 クルムくんとしては表彰台を狙っていたのだから、決して満足できる結果ではなか
ったが、ケガもせず無事に鈴鹿F3000最終戦に臨むことになり、ホッとひと安心
したのだったが、そこには思わぬ落とし穴がまっていた。
 意気揚々と鈴鹿にやってきたクルムくんにチームが与えた使命は、
「予選で、スコットを阻止する位置を得るべし!」
というもの。そのためにクルムくんのタイヤは、マルコのものよりかなり軟らかめの
コンパウンドのタイヤだった。
 そのタイヤだと、決勝レースが苦しくなるのはチームもダンロップも、そしてクル
ムくん自身も承知の上だ。
 クルムくんにすれば本当は嬉しくない指令だったかもしれない。
 が、そこはそれ<チーム・オーダー>というやつである。
 童夢チーム首脳陣の考えでは、とにかく予選でスコットの前に出て、その順位をひ
とつでも下げること、そしてできればスコットをしばらくおさえれれれば「クルムく
ん、よくやった!」の世界だったのである。
 ところが、実際に一回目の予選が始まってみると、クルムくんはマルコのなーんと
2秒2落ち。ウソでしょ、と一番言いたかったのはクルムくんだったかもしれない。
「路面がすごいスリッピーで、オーバーステアがひどいのもあるけど、なんかこう、
思うように車が走らへん・・・エンジンのパワーはあるんやけど、なんかこう・・・
午後はもうちょっと良くなると思う・・・」
と首をふりふり、言葉の最後は消え入るタメ息となってしまった。
 しかし、大きめのリアウイングに交換して出ていった午後の予選も、一回目よりは
タイムアップしたが、マルコより1秒半、ポールポジションのスコットとは、阻止な
んてとんでもない2秒1差の12番手に留まってしまった。
 予選後、データロガーシステムから分析したとこと、F3ドライブの影響をモロに
受け、スロットルワークもシフトタイミングも、すべて前回のテストと異なるタイミ
ングになっていたことが判明した。
「まあ、低いハードルばかり飛んでいために、高いハードルが飛べなくなってしまっ
た、というところかな」
 と、佐々木正マネージャーは、笑っているのか悲しんでいるのか、それとも両方な
のか、歯痛をこらえるような表情になっている。
 結局、決勝レースはクルムくんの助っ人など必要ないタイトル獲得の結末となった
が、クルムくんはダレダレになったタイヤで15番手にドロップしながらも全力疾走で
完走し、その意地と実力を童夢の面々に見せた。
 もしも、クルムくんがマルコと同じコンパウンドのタイヤを履いていれば、当然も
っと上位でフィニッシュしたと思う。
「<チーム・オーダー>のために、ちょっと可哀相な結果になっちゃったね」
と佐々木マネージャーも言ってるくらいだから、決してクルムくんに才能がナイとか
一発屋だった、というわけではない。
 クルムくんの希望は、来年も全日本F3000で闘うことだ。
 それが童夢チームでなのか、それとも童夢より(実は)先に声をかけていたステラ
・インターナショナルなのか、はたまた他のチームなのかはわからない。
 94年シーズンが終わったばかりなので、童夢をはじめ他のチームも、来年のことな
んてなーんにも決まっちゃいないのが本当のところだ。
「クリスマスはドイツの実家で迎えるつもりなんだ」
とクルムくんはマカオでルンルンしていたが、クリスマス・ウイークの12月19日から
22日までの4日間、鈴鹿でF3000のタイヤテスト(予定)があるんだぞ。家族と
御馳走を食べてるヒマなんかないんじゃないか?
 ともかく、クルムくんの才能は童夢の折り紙付きです。
 クルムくんをご希望の方は、彼がドイツ行きの飛行機を予約する前に電話してやっ
て下さい。
                         ~ FIN ~


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