全日本F3000

童夢インサイド・レポート vol.5

◆童夢インサイド・レポート vol.5◆
「第10戦 ミリオンカードカップレース ファイナルラウンド 鈴鹿 追われる辛さの予選、の巻」
 国内唯一のF3000シャーシ・コンストラクターとしてデビューから4年。
 念願のシリーズチャンピオン獲得を目前にして、童夢チームは最大のピンチをむか
えていた。
 パッシング・ポイントが少ない鈴鹿サーキットの、決勝より重要視される予選で、
タイトルの期待を一身に担う童夢のマルコ・アピチェラは3番手に留まり、ただひと
りのライバル、ステラインターナショナルのA・G・スコットがポールポジションを
獲得したのである。
 今シーズンの最終戦におけるアピチェラ&童夢の目標は、レースの勝ち負け云々よ
りも、とにかくチャンピオン獲得にある。
 今回は日英二カ国語で、テント内に貼りだされた<マルコ、タイトル獲得のパター
ン>は、
**************************
1.スコットが優勝・・・マルコ負け
2.スコットが2位・・・マルコ3位以上でOK
3.スコットが3位・・・何があってもマルコの勝ち!
**************************
となっていたが、前回と主格が入れ代わり何やら切羽詰まった感じさえする。
 実際、7戦有効ポイント制のレギュレーションでは、全戦で得点しているアピチェ
ラの方が、3戦リタイアしているスコットよりも、実質加算される得点の目減りが大
きく、二人の間の3点差は無きに等しかった。
 第9戦で起死回生の優勝を果たし、タイトル獲得のチャンスを広げたスコットと、
獲得のチャンスを掴みそこねたアピチェラ。
 追うものと追われるもの。いまや攻撃するのはスコットで、アピチェラはじめ童夢
のスタッフの心には、追われる立場のプレッシャーが重くのしかかっていた。
 10時35分、一回目の公式予選が始まった。
 前日のスポーツ走行でシビックやF4の何台かが砂やオイルを巻いたせいか、路面
はかなり荒れている。こういう悪コンディションでは、ドライバーは全力で走れず、
そのためにセッティングの確認もままならないので、F3000ドライブに慣れてい
ない若手選手以外は、コースへ出たがらない。
「誰も出ていけへんなぁ。このセッション、このまま終わるんとちゃうか」
と、画面の下半分が真っ黒なラップモニターを見て、松本恵二監督はつぶやいた。
 開始30分後にタイヤをマシンにつけてスタンバイするよう指示はしてあるが、敵が
走らないうちは、こちらがタイヤを無駄にして<掃除>をする必要はない。ステラの
スタッフや隣のピットの星野一義も同じ考えらしく、何度もこちらの動きを窺いにや
って来る。
 それでも11時15分過ぎ、服部尚貴がピットを出たのを合図にようやく全マシンが動
き始め、童夢の2台も20l のガソリンを積んでコースに向かった。
 10月の鈴鹿テストで確認したマシン・セッティングは、今回のような路面状態下で
も基本的な問題はなかった。ダンロップのスタッフが祈りをこめたタイヤも快調。
 アピチェラは5周、クルムは4周を走っただけでピットに戻ってきた。
 二人のベストタイムは1分45秒376と1分47秒597。路面がかなりスリッピー
なうえ新品のブレーキ・ディスクを使っているので、当然100%の全力疾走ではな
いが、まあこんなところだろう。クルムはコーナリング時の挙動の不安定さが気にな
るようなので、午後に向けて少し大きめのリアウイングに交換する。
 スコットが1分44秒717で暫定トップに立ったが、別に恐れるタイムではない。
 本当の勝負は路面コンディションが良くなる午後のセッションだ。
 3時間後、鈴鹿の気温は14.7度、路面温度は26度とまずまずのコンディション。
 コース上のホコリもなくなり、全体的なタイムアップが予想できる。
「たぶん、ポールタイムは1分42秒台後半になるやろうね」
 と、奥 明栄開発部長は自分がデザインしたF104を見つめた。
 マシンの仕上がりに関しては、ステラにも他のどのチームにも負けない自信を持っ
ている。開発に着手してから5年目。奥部長にとってこのレースの結果は、単なる勝
ち負けではなく、自分がこれまでやってきた仕事の集大成、大げさな言い回しをすれ
ば、自分の真理を明かせるか否かが掛かっているのだ。
 奥部長だけではない。いつも磊落で、ピリピリした緊張はもとから感じられないチ
ームなのだが、今日はエンジニアもメカニックも言葉が少ない。
 思い詰めた眼をして昼休みから戻ってきたアピチェラは、セッション開始と同時に
マシンに乗り込み、早々とタイムアタックに出ていった。
 まず午前中に使ったタイヤのままで1分44秒048を出し、とりあえずモニターの
最上段をキープ。ピットに戻ってタイヤの左右を交換し、次は1分44秒112。もう
一度ピットに戻り、今度は新品タイヤに履きかえてコースが空くタイミングを待つ。
 ひとつ向こうのステラのピットでも、モニター二段目のスコットが同じように待機
している。
 とその時、黒澤琢弥がタイトル争いの二人を上回る1分43秒927をマークした。
 コンセントレーションを高めていたアピチェラは、すぐさまエンジンをかけてコー
スに飛びだすと、あっさり1分43秒730を出して黒澤を逆転。だが、目標の42秒台
にはまだ遠い。
 次のアタックでは遅い車にひっかかって1分43秒762。
 もう一周のアタックで1分43秒297にまでタイムを縮めたが、そこでタイヤを使
い切ってしまい、アピチェラはアクセルを緩めた。
 しかし、ピットへ戻ってきてヘルメットを脱いだアピチェラが、自分のポジション
を確かめようとモニターを振り返ったその時、スコットが1分42秒615をたたき出
してモニター最上段に名前を上げ、畳みかけるように今度は黒澤が1分43秒153で
2番手に浮上。
 二人に蹴落とされてしまったアピチェラの顔が、一瞬、苦しげに歪んだ。
                         vol. 6へ続く・・


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

検索

最新ニュース