全日本F3000

F3000:Report/FINAL Round SUZUKA

   ■F3000 Race Report
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   □それぞれの決着「服部、トップフォーミュラ初優勝」
   REPORT/福田 陽一(Yoichi Fukuda)
    彼は、コックピットを離れると、自らが着けていたグローブをヘルメット
   の中に叩き込む。この時きっと彼は全てを失ったと思ったに違いない。彼
   は、その何処にもぶつける事の出来ない思いを抱えたまま、ピットロードを
   歩いてピットに急ぐ。もしかしたら、その時、順調に周回をつづける今日の
   決戦の相手が見えたのかも知れない。
    彼は、ピットに辿り着くと、真先に彼と絡んだ選手のチーム監督の所に行
   く。そして、回りが驚く程の激しい抗議を行う。抗議したからといって、こ
   のレースがどうなるものでも無かった。それは彼自信が最も良く知っていた
   のだろう。仕方なく自らのピットに戻ると、彼はその手にしていた、ヘル
   メットを悔しくて仕方がないという様に、コンクリートのピットロードに叩
   き着けた。この時、一つの夢が消えたかに見えた。
    このライバルのリタイアの瞬間、彼の頭を一体、何がよぎったのだろう
   か。彼は、今まで以上にアクセルを踏んだのだろうか。
    数週後、同じく、コックピットを離れなければならなくなった彼は、その
   時、一体何を思ったのだろう。コースサイドで、何度も何度も振り返って、
   マシンを見つめる。ピットに戻る彼に、多くの報道陣が駆け寄る。悔しさよ
   りも、残念な気持ちがあったのだろうか。彼は、その報道陣に、追突して来
   たドライバーに対する抗議の言葉を発したあと「しょうがないよ。結果だか
   ら」と言い残した。この時、もう一つの夢が消え、消えた夢が戻ってきた。
    そして、この2人の思いを飲み込む様に、レースはそのそれぞれの決着に
   向かって、淡々と進行していく。
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   MILLION CARD CUP RACE
   FINAL Round SUZUKA
                                1992/11/15
   SUZUKA CIRCUIT
                1992 ALL JAPAN F3000 CHAMPIONSHIP ROUND 11
   ミリオンカードカップレースファイナルラウンド鈴鹿
                     全日本F3000選手権シリーズ第11戦
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    果して、嵐はやってくるのか。レースの行方を天候に託すことなど出来は
   しない。しかし、そう勘繰りたくなるほど、穏やかな天候の中に鈴鹿サー
   キットはいた。まるで嵐の前の静けさだと言わんばかりの穏やかさだった。
    それでも、やはり季節は確実に冬に向かっているのか、日差しが天上を漂
   う雲によって遮られたとき、気温が一気に下降していく。スタート時点の気
   温は18度、路面温度22度と発表されている。
    昨日の予選トップを取ったのは、今季6度目のやはりこの人、チーバー
   だった。それも、独り1分42秒台を叩きだしての堂々のポールポジショ
   ン。ところが、既にそのチーバーに思わぬアクシデントが襲っていた。朝の
   フリー走行の時点で、クラッチトラブルが発見され、エンジンを全て積み換
   えるという作業を行っていたのだ。チャンピオン争いでは、最も不利な彼だ
   けに、その影響が心配される。
    チーバーとフロントローを分けたのは、前回の富士に続き2度目の予選2
   番手を押さえた服部だった。
    一方、チャンピオンの実質的対決者となるマルティニと鈴木利男はそれぞ
   れ予選8番手、12番手と苦しい位置となっている。だだ、両者とも前回の
   富士では、驚異的な追い上げを行っているので決して侮れない存在である。
    刻々と迫るスタート時間。この時、グリッドから引き戻されるマシンが
   あった。今回でF3000の引退を表明している松本恵二のマシンだ。どう
   やら、パワステのがうまく作動しないようで、電気モーターを外してチェッ
   クしているが、最後のレースをフォーメーションには間に合せることは出来
   そうになく、ピットスタートの模様だ。フリー走行を一番時計で終えた上、
   期待の7番グリットだっただけに惜しい結果となった。
    そして、ドラマはいつもの様に、シグナルグリーンと同時に始まった。シ
   グナルにうまくタイミングを合わせることに成功したのは、服部だった。彼
   は、この時、彼の左側ポールポジションで僅かにホイルスピンを犯したチー
   バーを本当に僅かだけ先行する。そして、この僅かな差は、何かが裂けるよ
   うに見る見る大きくなっていく。そして、なんと、服部は1コーナーにチー
   バーより早く進入することに成功したのだ。
    チーバーという壁を取り払うことを“まんまと”やり遂げた服部は、直後
   からグングンとチーバーを離しにかかる。その差を、3周目の4秒35から
   5周目の6秒36。そして、6周目の7秒30にまで広げたあと、既に12
   周目には、その差を13秒と決定的なものへとしていくのだった。
    チーバーが直線勝負のセッティングに徹していることは、周知の事実だっ
   たし、レイナードを使う彼には事実その道しか残されてはいなかったはず
   だ。チーバーは、その飛び抜けた直線スピードで、彼の後ろに付く黒澤以下
   を抑え込みんでしまい、服部は簡単に独走体制を固めてしまう。
    だからといって、チーバー以下のドライバーが指をくわえて見ていた訳で
   はない。服部がチーバーを先行した2周目には、3番手に位置していた黒澤
   も服部に続こうと、チーバーに接近戦を挑んでいた。
    黒澤は、その周のスプーンの立ち上がり辺りで、チーバーの真後ろから抜
   け出して、一旦チーバーの前に出る。がしかし、チーバーもその直線重視の
   セッティングを十分生かし、バックストレッチを黒澤とサイドバイサイドで
   通過。130Rの進入で再び、前を取ってしまう。
    この時、黒澤は大きな鍵を落としてしまったのかも知れない。もし、この
   時、黒澤がチーバーを交わすことに成功していれば、もっとレースの展開は
   変わっていたのかも知れないと思えてならない。
    以後、黒澤はチーバーの後ろで激しく動き回って揺さぶりをかけるが、
   チーバーは一向にそれに乗ろうとはしない。コーナーでは、まるで白兵戦が
   繰り広げられている様に、グンとチーバーに接近する黒澤ではあるが、事態
   はそう簡単には変化しなかった。
    シグナルグリーンから激しく動いた順位だったが、4周目あたりでやっと
   落ちつきを見せた。もちろん先頭は服部。続いて、チーバー。そのチーバー
   を追い回している黒澤を先頭に、ラッツェンバーガー、アピチェラ、マル
   ティニと続く。
    一方、もう一つのドラマ、チャンピオン争いの方は、マルティニが6位、
   鈴木利男が10位と徐々にその順位を上げている。特に、鈴木はいつもの様
   に猛追を行っており、6周目には7番手星野の後ろ、8番手にまで追い上げ
   て来る。
    そして、7周目からその集団に変化が起こる。5位を走行しているアピ
   チェラがスローダウンに陥り、マルティニ、星野、鈴木が簡単にパス。アピ
   チェラはその順位をズルズル落とす。
    そして、10周目に鈴木が狙いどおり星野を最終コーナー辺りでパスする
   と、コース上はチーバーの後ろで動き回る黒澤と、マルティニをピッタリ
   マークした鈴木が繰り広げる大バトルの舞台となる。
    そして、そのバトルの一つは思わぬ結末を迎える。周回数12周目、マル
   ティニにチャンピオン争いの直接対決を挑んでいた鈴木は、バックストレッ
   チで完全にマルティニを捉え、130Rの進入でアウトからオーバーテイク
   する。そして、そのままこの2台は減速状態に入り、低速コーナー、シケイ
   ンに鈴木、マルティニの順で進入しようとした。ところが、その時既に、マ
   ルティニのイン側に後ろで隙を伺っていた、星野がいたのだ。マルティニは
   星野のフロントウイングと接触すると、車のノーズを進行方向とは逆に向け
   て、スピン。その場からピクリとも動けなくなった。
    一方、星野は、ウイングを破損した模様で、激しくウイング左下から火花
   を散らせて、ストレート駆け降りてくる。星野はその後21周目にウイング
   が完全に落ちてしまう現象に見舞われ、ピットでノーズを交換して、再び
   コースへ。そして、すさまじい追い上げを行い、この日のファステストラッ
   プを記録していく。
    同じころ、デグナーでは、アーバインがリアから突っ込み、リタイアした
   模様。昨日の勝者は既に今日の勝者ではないと確信させられるシーンであっ
   た。それは、この人にも言えた。前回の鈴鹿の勝者、ラッツェンバーガーが
   鈴木と星野にあっさり、14周目に先行される。今年の混戦状態を目の当た
   りに見せつけられるシーンだった。これで順位は、服部、チーバー、黒澤、
   鈴木、星野、ラッツェンバーガーとなる。
    そして、18周目には、乗りに乗っている鈴木が今度は、チーバーをずっ
   と抜きあぐねてる黒澤を料理しようと接近、揺さぶりをかける。黒澤もこの
   ままでは、3位の順位すら危ういと考えたのか、19周目、20周目とチー
   バーへのアタックを更に激化させていく。そして、ついに21周目、バック
   ストレッチでチーバーのアウト側にスパッと抜け出した黒澤はそのままチー
   バーを牽制しながら、130R進入で間一髪のところ何とかチーバーの前に
   出る。
    しかし、彼がチーバーの後ろにいた、20周余りの間に本来彼が追うべき
   服部は遠い彼方にいってしまっていた。この後、黒澤は、チーバーの後ろに
   いた時より2秒近く速いタイムを刻みながら先を追う。
    そして、次にチーバーを攻めたてるのは、鈴木だったはずだ。そう、はず
   だった。コーナーでは、完全にチーバーに追いついてしまう鈴木は、ブレー
   キングのタイミングに苦慮している様だった。
    23周目も130Rの攻防をチーバーと行った後、シケインのブレーキン
   グに入ろうとしていた。その時、後ろからブレーキングしきれなくて、ス
   コットが突っ込んできたのだ。鈴木は先程のマルティニと全く同じく恰好
   で、シケインの障害物になるしかなかった。
    一方、スコットは先程の星野と同じくノーズ交換のためピットへ向かう。
    そして、結局レースは服部が最初の賭けに成功して、2位の黒澤との間に
   10秒近いタイム差をつけて、チェッカーをくぐった。
    2位には、チーバーと大バトルを繰り広げた黒澤がつけ、3位には、25
   周目にチーバーに接近したあと、数週に渡りチーバーを追いかけ回した上、
   34周目のチーバーに仕掛けスピンした、ダニエルソンの脇をすり抜け、表
   彰台を掴んだフィレンツェンが続いた。チーバーは各選手との大攻防の末、
   結局4位を得た。
    そして、注目のシリーズチャンプは、マルティニが取り、鈴木は惜しくも
   その栄冠を逃した。
    それぞれの決着はついた。しかし、果して決着はついたのか。またもや新
   たな勝者を生んだこのシリーズは、このレースで一体何を決着したのだろう
   か。
    服部、黒澤、チーバー、マルティニ、鈴木と多くのドライバーが凌ぎを
   削ったこのレースは、もしかして、決着なんかじゃなくて、始まりの合図な
   のかも知れない。
    来シーズンのシグナルは既にレッドなのかも知れないのだ。
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   * 文中に使用しました周回数はリーダー・ボードまたはシグナルタワー
    に表示されたものに1周回加算したもの、また、タイムは手元(ストッ
    プウォッチ)計測または計時モニターに表示されたものを目視にて読み
    取り表記しておりますので、必ずしも公式の記録及び結果とは一致しな
    い旨ご承知置き下さい。
     また、出来る限り正確を期しておりますが、時間の関係でやむをえず
    データや情報の事実確認を行えないまま記載しているものもありますの
    で、正確な情報をお持ちの方は訂正を入れていただきますようお願いい
    たします。
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      1992 - MILLION CARD CUP RACE FINAL Round SUZUKA - SUZUKA
                  ROUND 11
            レポート/福田 陽一(NBG01300)


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