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全日本F3000

童夢インサイドレポート Rd.4-1

           エイベックス童夢レーシングチーム
   1995年 全日本F3000選手権シリーズ第4戦 レースレポート
       「中野信治、雨のスタートに真骨頂を見せつける」
 大会名:'95 ミリオンカードカップレース ラウンド2鈴鹿
 日時・場所:1995年5月21日(予選20日) 三重県・鈴鹿サーキット(5.864km)
 天候:雨(20日:晴れ)
 気温:17.1℃
 コースコンディション:ウェット
 観客数:38,000人(決勝日)
 5月20日、三重県の鈴鹿サーキットで開催された全日本F3000選手権シリー
ズ第4戦「ミリオンカードカップレース ラウンド2鈴鹿」において、エイベックス
童夢レーシングチームの中野信治選手(童夢F104/無限MF308)は、予選10
番手から驚異のジャンピング・スタートを決め、3番手でオープニングラップを終え
ました。
 しかしながら、その後の天候の悪化やマシンの不調などの悪条件がかさなり、中野
選手の順位はドロップ・ダウン。
 14周目、スプーン・コーナーの深い水たまりに足元をすくわれた中野選手は、なん
とか再スタートしようと努力しましたが、エンジンがかからず、残念ながらそこでリ
タイアとなりました。
<土曜日>
 澄みきった空が眩しい午前10時。一回目の予選を20分後にひかえ、F3000の各
チームはそれぞれ、ある選択を迫られていました。
 気象業務法の改正でより詳しいデータを提供するようになった天気予報によると、
二回目の予選と決勝レースが行われる日曜日、鈴鹿地方の天気は「朝から雨」。
 それが本当ならば、路面がドライ・コンディションの今のうちに、予選用に許され
ているタイヤ2セットをフルに使って、積極的にタイムアタックするのが良策です。
 しかし、予報は予報。はずれることだってありえます。
 松本恵二監督はじめエイベックス童夢チームの首脳陣が下したのは、万が一の場合
に備えて「2セット目は、使い切らずに余力を残しておこう」という、いわば中間策
でした。
 他チームのほとんどが同じ考えで予選を始めましたが、中には「日曜のタイムアタ
ックはない」と思い決めて、セッションの早い段階でタイヤ2セットをフル活用し、
上位のタイムを出したチームもありました。
 晴れてはいましたが風が強く、路面は舞い上がる砂やホコリでかなり滑りやすくな
っています。他のマシンが路面を”掃除”してくれるのを待って、セッション残り30
分の表示を合図に、松本監督は中野選手に発進を命じました。
 中野選手は路面やマシン、タイヤの状況を確認しながら、序々にタイムアップして
いきます。今回のヨコハマ・タイヤは「予選を重視して作った」というだけあって、
僅かな周回数でグリップ感が得られる、どちらかというと柔らかめの構造のようです。
 一度ピットに戻ってセッティングを微調整し、再びコースへ。
 1セット目のタイヤで1分48秒253のタイムが出たのを潮時と見た松本監督は、
中野選手に二度目のピットインを指示。2セット目のタイヤに交換した中野選手が再
びタイム・アタックへ向かった時、セッションの残り時間は5分を切っていました。
 ぎりぎり2ラップ分の時間ですが、タイム・アタックには十分な時間です。ほぼ全
車がタイムアタックに出ており、コースは混雑していましたが、さいわい中野選手の
前を遮るマシンは一台もありません。
 中野選手は1~2コーナー、S字と、マシンの動きを掌握した、落ちついた走りで
コーナーを攻めます。ふたつのコーナーが連続するデグナー・カーブをリズミカルに
抜けて、いったん加速したあと、いっきにシフト・ダウンしながらヘアピン・カーブ
へ進入しました。
 ここはその名前からもご想像できるように、ヘアピンのような形をした急カーブで、
鈴鹿サーキットの中でもっとも車速の落ちる場所です。コースを取り囲むように設置
してある観客席から、ヘルメットの奥のドライバーの表情が見えるほどです。
 ところが、2速から1速にシフト・チェンジするつもりが、レバーを握った右手が
足にあたってしまい、2速のままヘアピンを立ち上がった中野選手は、コンマ6秒ほ
どタイムロスしてしまったのでした。
 実は前々から、ドライビング・ポジションを中野選手にとってベストな位置にする
と、シフト・レバーを左手前に引いて1速ギアにチェンジする際に、どうしても右足
とぶつかってしまう、はなはだ都合の悪い状態にあったのです。
 前回のレースで腰を痛めたのも、1速へシフト・チェンジしやすくするためにシー
トの位置を少しズラしたことと、無関係ではありませんでした。
 まだ痛めた腰が完治していなかったこともあって、今回はシート位置を元に戻す、
つまり中野選手にとってはシフトしづらい位置に戻していたのですが、それが裏目に
でる結果になってしまったのです。
 結局、1分46秒754の10番手タイムで予選は終了。
 ヘアピンでのタイムロスがなければベスト5も狙えたのに..。
 どんな理由であれ、ミスしてしまった自分が許せない中野選手でした。
                          その2へ続く


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