Archives

  • [—]2020 (102)
  • [+]2019 (579)
  • [+]2018 (552)
  • [+]2017 (564)
  • [+]2016 (639)
  • [+]2015 (714)
  • [+]2014 (655)
  • [+]2013 (623)
  • [+]2012 (621)
  • [+]2011 (484)
  • [+]2010 (554)
  • [+]2009 (522)
  • [+]2008 (467)
  • [+]2007 (596)
  • [+]2006 (530)
  • [+]2005 (460)
  • [+]2004 (304)
  • [+]2003 (454)
  • [+]2002 (454)
  • [+]2001 (217)
  • [+]2000 (408)
  • [+]1999 (376)
  • [+]1998 (465)
  • [+]1997 (424)
  • [+]1996 (1)
  • [+]1995 (425)
  • [+]1994 (411)
  • [+]1993 (423)
  • [+]1992 (519)
  • [+]1991 (423)
  • [+]1990 (250)
  • [+]1970 (1)

ニュース内検索

Formula Nippon

F_NIPPON:MINE決勝ニュース

                                            フォーミュラ・ニッポンNEWS
                                                      1997年5月18日

                     フォーミュラ・ニッポン第2戦
          P.デ・ラ・ロサ(SHIONOGI  NOVA)が2連勝


5月18日(日)、セントラルパークMINEサーキットにおいて、’97フォー
ミュラ・ニッポン第2戦の決勝が行われ、15チーム計22台が出走、13台が完
走した。

午後1時45分のスタートではエンジンストールしたポールポジションの高木虎之
介と21番手スタートの近藤真彦が接触し赤旗レース中断。午後2時18分に再ス
タートされた決勝レースでは、先頭のデ・ラ・ロサが好スタートで飛び出し、スタ
ートで2番手に上がったフォンタナとの差を広げながらトップを独走。光貞秀俊が
3位、4位影山正美、5位黒澤琢弥、6位飯田章の順で周回が重ねられる。

54周目に8位争いを繰り広げていたトウェロと影山正彦が接触し、10位走行中
の山西康司がからむ事故によりセーフティーカーが導入された。61周目にセーフ
ティーカーが解除された直後に、フォンタナがデ・ラ・ロサをパスしチェッカーを
受けたが、レース終了後、1997年国際スポ一ツ法典付則H項第2章5.e(セ
ーフティ一力一介入区間内での追い越し)違反により結果に対して一周減算の罰則
が課され、8位となった。9デ・ラ・ロサは、開幕戦に続き2連勝。黒澤(lMP
UL)も連続2位の表彰台。3位の飯田(SHl0N0Gl  N0VA)はフォー
ミュラ・ニツポン初の表彰台となった。

4位はルーキーのR.ファーマン(TMS)が初入賞。5位は鈴木利男(かもめサ
ービスMlRAI)。昨年の全日本F3選手権シリーズチャンピオンのルーキー、
脇阪寿一(ANABUKI童夢無限)が6位に初入賞した。地元の声援を受けなが
らも30周リタイアした山本勝巳が1分14秒618のファステストラツブを記録
した。
(観客数:土/12,600人、日/44,200人)


  情報提供:(株)日本レースプロモーション(JRP)

                                   << FMOTOR4F SysOp 北島滋穂(SDI00685)>>



トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

検索

最新ニュース